あまりに早い桜前線の北上に、急遽半日休みをとった日。
友人と長電バス→北しなの線→長野電鉄と駆け足で撮り回りました。

この日の朝の北しなの線は、湘南色の115系S3編成と信州色のS7編成が手を組み、豊野まで入線。
満開の桜越しに、1990年代の信越本線のような光景が見られました。







今年7月1日から9月30日まで開催される「信州デスティネーションキャンペーン」に合わせ、またしなの鉄道発足20周年を記念して、しなの鉄道の115系3編成が、順次“懐かしい”車体色に塗り替えられるとのことで、その第一弾となる「初代長野色」が8日(土)から登場しました。

「初代長野色」は、JR東日本発足後の地域カラーとして、従来湘南色であった長野支社の115系を1989(平成元)年から塗り替えて誕生した車体色で、「信州色」とも呼ばれていました。しかし、1992(平成4)年から、長野オリンピックへ向けた準備として「長野色」(現在も211系のラインカラーとして健在のカラーリングです。)への塗り替えが始まると、1995(平成7)年頃までには姿を消してしまいました。

運行初日となった8日(土)は、運行開始記念の出発式や撮影会が行なわれ、臨時列車として戸倉~軽井沢間に一往復運転されましたが、私自身は時間の都合から臨時列車の上田~戸倉間のみに乗車し、戸倉駅で若干のスナップを撮った程度でした。



▲ 上田駅に到着する「初代長野色」のS7編成(長野方から、クハ115-1017+モハ114-1023+クモハ115-1018)による臨時列車(9645M)。新幹線の上田駅とこのカラーリングの組合せは初のことです。



▲ 戸倉駅での編成写真を軽井沢方先頭のクモハ115-1018側から。JR車ではないため、当然のことながらJRマークがありません。編成番号札は、運行開始に合わせ、白地に緑色の文字のタイプに交換されました。



▲ 信越本線時代の雰囲気が残る跨線橋とともに。



▲ 菱形のパンタグラフも今となっては貴重なものです。「戸倉」の方向幕とこのカラーリングとの組合せも初めてのことです。



▲ 長野色のまま残るしなの鉄道の115系と、しな鉄カラーの115系とのスリーショット。6両編成での運行もあるため、様々な組み合わせが楽しめそうです(^^)



▲ ちょうど観光列車「ろくもん」の上り列車が出発していきました。


運行期間は特に示されたものがないように思いますが、塗装変更をしていることから少なくとも2年間くらいは楽しむことができそうです。
同じく信州デスティネーションキャンペーン絡みで登場している飯山線カラーのキハ110型とともに、新たな楽しみが増えました(^^)





昨日の記事で紹介したしなの鉄道S12編成(元JR東日本長野総合車両センターのN12編成・Mc115-1036+M'114-1047+T'c115-1037)ですが、妙高高原駅に停車中の姿を記録することができました。
この編成ですが、外観上は長野地区でお馴染みの115系のカラーリングをそのままに、「しなの鉄道」のロゴステッカーが貼付されただけですが、側面の方向幕に特徴があります。



▲ 妙高高原駅2番線に停車中のしなの鉄道S12編成。北しなの線の試運転は、長野~妙高高原間で行なわれているようです。前面の方向幕には国鉄時代からお馴染みの漢字だけの「試運転」が表示されていますが…



▲ 側面の方向幕に表示された「試運転」のコマには、「TEST RUN」の英文表記が入っています。


国鉄時代から、方向幕の「回送」「試運転」「普通」などの種別のみの表示には、英文表記が入らないのが一般的でしたが、最近の長野地区では211系もそうであるように種別のみの表示にも英文を併記するようになったようです。

方向幕のロールを新調する代わりにLED表示に交換されてしまうケースや、方向幕のまま存置されたとしてもゴシック体などの一般的なフォントが使われてしまうケースが多い中で、英文表記が入るようになったとはいえ、国鉄時代からのフォントのままの方向幕を使い続けているのは嬉しい限りです(^^;


3月14日(土)の北陸新幹線金沢開業に伴い、並行在来線である信越本線長野~妙高高原間は、第三セクターであるしなの鉄道に経営が分離され、「北しなの線」として開業することが決定しておりますが、その北しなの線となる予定の区間において試運転列車が運転されています。





▲ 信越本線長野~妙高高原間において試運転を行なっているしなの鉄道S12編成。車外スピーカーが設置されていることから、ワンマン化改造が行われているものと思われます。


このS12編成は、JR東日本長野総合車両センターの元N12編成(クモハ115-1036+モハ114-1047+クハ115-1037)で、塗色はそのままに「しなの鉄道」のステッカーが貼付され、しなの鉄道仕様になって試運転を行なっています。 

3両編成のJRカラーの115系がしなの鉄道の車両として走るのは、1997(平成9)年10月のしなの鉄道開業当初以来(…と言っても開業後数年間はそのままの姿で走っていたような気がします。)のことです。



昨年3月のダイヤ改正で稼働を始めた2両編成の115系(ダイヤ改正当初はJR籍のまましな鉄へ貸出し、その後正式に譲渡)ですが、しばらくはJRカラー(長野色)のまま走っていましたが、8月になってしな鉄カラー化された編成がお目見えしました。



▲ お馴染み赤ベースのしなの鉄道カラーに変更された115系S27編成(クモハ115-1040+クモハ114-1514)。



▲ 6両編成の運用が消滅した後、一時見られなくなっていたしな鉄カラー編成同士の併結列車ですが、今回の塗装変更により再びみられるようになりました。


なお、JRカラーの2両編成(残りはS21~S26の6編成)は順次しな鉄カラー化されていくものと思われますので、今後はJRカラーとしな鉄カラーの併結がだんだん珍しくなっていくのでしょう。



▲ 今後貴重になっていくと思われるJRカラー(長野色)+しな鉄カラーの混結5両編成(先頭はS21編成・クモハ114-1507)。


今年3月16日のダイヤ改正からしなの鉄道で活躍を開始した2両編成の115系。当初はJR東日本からの貸出しという形で運行されていたため、JRマークに「N5*」の編成番号、「長ナノ」の所属標記などがそっくりそのまま残されていましたが、その後6月初旬になって正式に移籍が行なわれたのか、編成番号の変更やJRマークの上から「しなの鉄道」のロゴマークが貼付されるなど、16年前のしな鉄発足時の115系のような姿に変わっています。



クモハ115-1037+クモハ114-1509の編成は、「N52」から「S23」に編成番号が変更されました。日中の2両編成単体でのワンマン運行のほか、朝夕のラッシュ時等には3両編成と併結され、5両の長編成(!?)を組む列車もあります。



▲ 長野駅留置線上を入れ替え運転されるクモハ115-1528+クモハ114-1508の編成は、「N51」から「S22」に編成番号が変更されました。



▲ ちょうど出発したJR車の115系とのすれ違い。側面だけでなく、正面の貫通扉にも「しなの鉄道」のロゴマークが貼付され、容易に識別できるようになっています(^^;



▲ 編成番号札のアップ。2両編成の115系は、「S20」番台を名乗り、(恐らく)クモハ114形の番号の若い順に「S21」「S22」…「S27」と振られているものと思われます。


なお、この変更に伴い、2両編成の115系が本格稼働を始めたのか、ラッシュ時に観られた3+3の6両編成が基本的に消滅し、すべて5両編成に変更されています。


しなの鉄道169系S51編成が2編成目の湘南色となって運転を始めた翌日、4月7日(日)には湘南色の編成を2本つないだ6両編成で急行「信州」が篠ノ井~軽井沢間に2往復運転されました。

この日も急行列車の乗車までは時間が取れなかったので、折り返しとなる篠ノ井駅でお手軽に迎撃となりました(^^;



▲ 11時57分、軽井沢からの急行「信州1号」が篠ノ井駅2番線に到着しました。車内にも大勢のお客さんが乗っていましたが、それに負けないくらいホームも出迎えの人でいっぱいでした(^^; 篠ノ井方に連結されているのがS51編成です。



▲ 軽井沢方のS52編成側から。最後の最後にやってくれた!という感じです。3連でも見応えがある湘南色の急行列車ですが、倍の6両になると魅力はそれ以上に膨らみますね(^^;;;



▲ そして何と言っても一番の魅力はココ! 湘南色の先頭車同士の連結面についつい目が行ってしまいます(^^; 現役時代の急行列車では当たり前だったシーンですね(^^)



▲ 篠ノ井駅2・3番線ホームの発車案内表示には、しっかり「急行信州4号」の文字が表示されています。JRの管理する駅なのによくやってくれたなと思います(^^;



▲ 僅か15分で折り返し、12時12分には急行「信州4号」として篠ノ井駅を後にしました。こちらにも向かい側のホームにも数多くの方が見送っていました…



▲ あっという間に加速していく急行列車。振り返って国鉄色のディーゼル機関車(DE10形)との並びを強引に(^^;



一応、昨日の記事の続きです(^^;

4月6日(土)、この日はもう一本別の急行列車が運転されました。
S52編成に続き、ここへ来て湘南色の編成がもう一本増えることになったのです。

しなの鉄道沿線の自治体である坂城町が、町内(坂城駅構内)での静態保存を前提に譲渡をしなの鉄道に申し出たことがきっかけとなったようで、クモハ169形及びモハ168形のトップナンバーを含むS51編成が湘南色に復元され、これを使用した急行「さかき」号が坂城~軽井沢間に1往復運転されました。

坂城駅では、急行「さかき」の出発イベントが行なわれたようですが、これには見物に行く時間が取れなかったので、昨日の記事で紹介した急行「信州」とまとめて坂城駅での迎撃です(^^;



▲ 急行「信州」を見送った後、いったん改札の外へ出て待合室へ。駅舎内に併設されたギャラリーが解放されており、「急行「さかき」&坂城駅出発イベント!」に関連したパネル展示が行なわれていました。



▲ 坂城駅東南側に軽井沢方から進入する側線があります。ここが169系S51編成の静態保存される場所で、この後駐車場の一部を改修して側線を延長する工事が行なわれました。



▲ 急行「さかき」到着前にホームへ再入場。JRカラーのワンマン列車と貨物線のスイッチャーと桜と。


そして急行「信州」の発車から約40分後、急行「さかき」が姿を現しました。



▲ 見事に湘南色に復帰した169系S51編成による急行「さかき」号。ヘッドマークは一般的な「ありがとう・さようなら S51編成」のものでした。助士席側には、坂城町のキャラクター「ねずこん」(坂城町特産の「ねずみ大根」に由来する名前です。)のぬいぐるみが乗っています(^^;



▲ 急行「信州」の時とは様子が一変!? この列車には大勢のお客さんが乗っていました。急行「さかき」は坂城駅が終点なので、皆さんゾロゾロと降りてきました(^^;



▲ 急行「さかき」の行先表示類。サボには「169系 S51編成湘南色塗色記念 2013.4.6」の文字が入れられています。



▲ 「さかき」の愛称表示板にも「ねずこん」が描かれています。



▲ お客さんを降ろし、戸倉へと回送されるのを待つS51編成。湘南色復帰後のこけら落としは無事に終了しようとしています。


【おまけ】
今回運転された急行「さかき」号、てっきり「志賀」や「信州」をイメージしたヘッドマークが付くものと期待していたのですが…(^^;;;


▲ 画像はイメージです(^^;;;



なお、169系S51編成は5月25日(土)未明に坂城駅構内の保存場所に到着し、同日午前9時からは「169系電車静態保存記念イベント」が開催されました。
(※ イベントの様子等は、坂城町HPに掲載(http://www.town.sakaki.nagano.jp/dekigoto/W034H0000043.html)されています。)


4月に入り、169系の引退イベントも佳境に差し掛かって来たかというところです(^^;
相変わらず時期遅れのネタとなってしまいますが、ご笑覧を…m(__)m

4月6日(土)、月末の3連休のファイナルイベント以外では、一般乗車可能な急行列車として運行される最後の週末2日間がスタートしました。
まずはこの日、お馴染み湘南色のS52編成3両が急行「信州」として軽井沢~篠ノ井間を2往復します。篠ノ井発の2号がスタートとなりますので、2号→1号→4号→3号の順の運転です。

午前中は、昨日の記事で紹介した「特急あさま号」の出発式に行っていたので、夕方の急行「信州3号」にターゲットを絞り、かつ天候が思わしくなかったため、坂城駅での駅撮りのみとした次第です。



▲ 坂城駅に到着する急行「信州3号」篠ノ井行き。169系S52編成での運転です。


「あさま」と乗客を二分してしまったのか、天候のせいなのか、こちらもあまり乗客数は芳しくない様子…このところイベント運行が続いていましたから、ファンも些か食傷気味といったところでしょうか(^^;



▲ 1号車にのみ、現役当時の急行「信州」を再現した「上野-長野」のサボが取り付けられていました。「軽井沢~長野 普通」とは芸が細かいです(^^;



▲ 降りるお客さんも乗るお客さんもなく、静かに雨の坂城駅を後にしました。構内の外れには、見事に咲いた桜が雨に濡れていました。



3月16日(土)のダイヤ改正から、しなの鉄道線内において2両編成の115系の運行が開始されました。
ダイヤ改正をもって定期運行から退いた169系の運用及び一部の115系3両編成の運用を置き換えるのが目的と見られ、ダイヤ改正以降日中は基本的に2両編成での運行が主となっています。

なお、これに伴いJR信越本線区間を含む軽井沢~長野間を通してのワンマン運転も開始され、篠ノ井線のE127系100番台によるワンマン列車同様、長野駅までワンマン列車が乗り入れることになりました。

また、今回しなの鉄道線内で運行されるようになった2両編成の115系は、長野総合車両センターのN50番台の7編成(N51~N54、N56~N58)で、現在のところはまだJR東日本の所有のまま貸し出されているようですが、最終的にはしなの鉄道に譲渡されるようです。
(115系2連×7編成の導入については、しなの鉄道の「第3次中期経営計画(2013~2017年度)」で公表されています。)



▲ 3月16日のダイヤ改正からしなの鉄道線内での運行を開始した2両編成の115系。日中は基本的に2両編成の列車主体の運行となっています。



▲ 従来、ワンマン運転の区間は軽井沢~戸倉間でしたが、ダイヤ改正以降はワンマンのままJR長野駅まで入ってくるようになりました。



▲ 篠ノ井駅で並んだ2両編成の115系によるワンマン列車。2両編成の列車主体の運行となる時間帯は、珍しくない光景のようです。



▲ まだJRの所有であるため、車体のJRマーク及び「長ナノ」の所属標記はそのままとなっています。ワンマン運転に際し、車外スピーカー(各車両それぞれの側面に2か所ずつ)が設置されました。また、新たに「普通/ワンマン及び快速/ワンマンの表示が種別幕に追加されています。



▲ ラッシュ時間帯の中心に運転されている2編成併結列車については、基本的に3+3の6連から3+2(又は2+3)の5連に減車され、しなの鉄道開業時以来のJRカラーとしな鉄カラーの混結が再び見られるようになっています。



▲ クモハ114形にJR時代に大改造(!?)の末に設置された車椅子対応のバリアフリートイレは、「業務室」として閉鎖されてしまいました。


今回の115系2連の導入に伴い、3連の115系にも余剰が生じているようで、4月末現在で3連×3編成が9両編成に組成の上、軽井沢駅の側線に留置されています。



3月31日(日)、しなの鉄道169系の引退1か月前長野電鉄屋代線廃線1周年を記念して、軽井沢~屋代間に急行「志賀」号が運転されました。

これまで何度となくイベント列車として運転されている急行「志賀」号ですが、この日の目玉は何と言ってもしなの鉄道色のS53編成が「急行」の種別幕を表示し、ヘッドマークを掲げて運転されたことです。

当日は、屋代線廃線の日(昨年3月31日)を思い起こさせるような霙混じりのとても寒い日でしたので、沿線での撮影は諦め、屋代駅での撮影のみに留めました(^^;
屋代駅では、急行「志賀」号の運転に合わせて、「カウントダウンFesta(フェスタ)」と称したイベントが行われており、大勢のお客さんで賑わっていました。



「急行」の種別表示と「志賀」のヘッドマークも誇らしげに屋代駅2番線に佇むしなの鉄道色の169系S53編成。この日は湘南色のS52編成と併結され、6両編成で運転されました。



▲ 軽井沢方にはお馴染み湘南色のS52編成。現役当時は「妙高」又は「信州」にぶら下がって3両での運転でしたので、6両編成の急行「志賀」号が運転されるのは史上初!?



▲ しなの鉄道色と湘南色の連結部分。ついついこういうところに眼が行ってしまいます(^^;



▲ 篠ノ井方の1両には、現役当時のイメージを再現するべく「上野-湯田中」のサボが入れられていました。



▲ こちらは正規の行先を示すサボ類です(^^;



▲ 急行「志賀」号の出発に合わせ、地元・戸倉上山田温泉の皆さまによる「冠着太鼓」の演奏が2・3番線ホーム上で披露されました。


なお、長野電鉄屋代線廃線1周年のイベントも兼ねていたため、屋代駅の旧5番線ホームも解放され、長野県内の私鉄各社等による物販コーナーが開設されたり豚汁のサービスが行なわれたりしていました。とても寒い日でしたので、豚汁はとても暖かく、そして美味しく感じました。(ごちそうさまです!)



▲ 屋代駅の旧長野電鉄ホームの柱に復元された駅名標。



▲ 物販の業者さん所有の2000系D編成さよならヘッドマークも展示されていました。(業者さんのご厚意により、撮影しやすいように立て掛けてくださったものです。ありがとうございますm(__)m)



▲ 急行「志賀」号を見送る老夫婦。車内からも窓越しに手を振り返す方もいました(^^)




昨日(4月21日(日))、今月末で引退することが発表されているしなの鉄道169系を使用した「しなの鉄道169系撮影&乗り納め会(貸切列車)」が開催(運行)されました。主催者のご縁でお誘いいただき、私も友人たちと参加させていただきました。

当日は皆さまもご承知のとおり、季節がひと月以上逆戻りしたかのような天候に見舞われましたが、それでも雪景色の中を、あるいは濃霧の中を行く国鉄直流急行型電車の最期の姿を楽しく撮り、また和気藹々と乗車して走りを堪能することができました。

主催者の皆さまには、当日までの準備に並々ならぬご苦労をしてくださったおかげで、斯様なイベントを楽しむことができましたことに、この場にてお礼を申し上げますとともに、当日お会いした皆さまには大変お世話になりましたことを併せてお礼申し上げます。

昨晩の帰宅後、丸一日以上が経ち、未だ興奮冷めやらぬ状態ですが、追々撮影した画像の整理とともに、当日のことを振り返る記事をお届けできればと考えておりますので、どうぞお楽しみに(いつものことながら、気長にお待ちいただければ幸いです(^^;)。



特急「白山3号」金沢行きを先に通すため、上田駅2番線に停車中の上野発長野・湯田中行き臨時急行「信州59号・志賀59号」。全車自由席、6両編成での運転でした(^^;



▲ 前3両は湯田中行き急行「志賀59号」、後3両は長野行き急行「信州59号」です。途中の屋代で、行き先が分かれます(^^;



▲ 湯田中行き、長野行きそれぞれに特製のサボ・愛称表示が用意されただけでなく、車内放送まで再現され、本当にこんな急行列車が昭和50年代の国鉄信越本線に走ったのではないか-と錯覚するような凝った演出がされました。


※ この貸切列車が実際に運行されたのは、しなの鉄道軽井沢~屋代間のみです。それ以外の区間についての表示は、あくまでも当時の雰囲気を醸し出すための“演出”であり、架空のものです。




昨日の記事の続きです(^^)

坂城町内の沿線で団体臨時列車「特急白山号」用の485系の送り込み回送を見送った私たちは、本番となる下り列車の撮影場所を同行の4名で相談したワケなのですが、急行「信州」~回送列車までの約1時間ですっかり体力を消耗してしまったため(!?)、翌日の「おはようライナー」充当まで構内に留置中の189系とのコラボでも撮れば面白いのではないか-ということで小諸駅で妥協(!?)することに(^^;;;

車を駅近くの有料駐車場に入れ、入場券を買い求めて構内に入ると…いましたいました、189系N102編成。



▲ 先ほど坂城町内で撮影した189系N102編成は小諸駅の留置線で翌朝まで長~い休憩中です(^^;



▲ 2、3番線ホームの篠ノ井方には、「第五回そばの花文学賞」の受賞作の句碑が設けられています。そばの花文学賞-この地方に由来し、長野バスターミナルの地下にも支店があるお蕎麦屋さんが関係しているようです(^^;



▲ 団体専用列車「特急白山号」(9661M)入線-小海線ホームから189系越しに狙ってみましたが…何だか中途半端な構図に…orz ちなみに中央に建つ「5」の停止目標は、3月16日のダイヤ改正からしなの鉄道に登場する5両編成の列車に対するものです。


少々停車時間がありそうな気配だったので、先ほど撮れなかった字幕のヘッドマークを撮りに、2、3番線ホームへと移動してみました。



▲ 外からステッカー式のマークを貼り付けている「白山」の字幕。



▲ さらに時間がありそうだったので、最後尾まで移動し、絵幕も近くで撮ることができました(^^) やはりコチラのデザインの方が馴染みがあります(^^; 少し先にできている人垣は…!?



▲ …189系N102編成との顔並びを撮ろうとしている方たちでした(^^; その後ろから失礼(^^;;;



▲ しばらくすると、軽井沢発篠ノ井行きの急行「信州1号」(9601M)が入線。同じように189系との並びを狙ってみました。



▲ 急行「信州」号の横サボ。


あとはオマケですが…小諸駅のホームにはこのようなものが。



▲ この日は寒かったため、電車の待ち時間を利用してココでお昼ご飯にしました。温かいお蕎麦が冷えた体に染み渡るようでした…(^^;;;

(更に余談ですが、小諸駅のホームにあるトイレも意外に暖かくて、居心地がよかったのはココだけの話…(^^;)


ここでお一人と別れ、3名で上田を目指すことに…


(まだまだ!? つづく)


もう既に1か月以上前の話になってしまいましたが…(^^;

さる3月2日(土)、しなの鉄道開業15周年記念企画として、大手旅行会社によるツアー「思い出の白山号の旅」が催行され、軽井沢を始発として、しなの鉄道~信越本線~北陸本線経由金沢までの区間を485系新潟車国鉄色編成による「特急白山号」が運転されました。

当日は、晴天にはなったものの冷たい風が吹きつける寒い一日で、沿線で列車を待つのは辛い状況でしたが、何とか送り込みの回送列車と団体臨時列車「特急白山号」を撮影することができました(^^;
その後時間が経ちすぎていることもあり、当日のことを詳細に振り返っても仕方ありません(…というよりもう既に記憶があいまいになり掛けている部分もあります…(^^;;;)ので、撮影した画像だけ適当にペタペタと貼っていきたいと思います(^^;

まずは送り込み回送から…

当日は朝、長野市内でまつさんや友人2名と待ち合わせ、沿線へと繰り出しました。撮影場所は特に決めていなかったので、その場の打合せで長いものに巻かれろ的な発想で坂城町内の某有名ポイントへ。
ココは川原の近くということもあり、特に風が冷たい場所でした。風に向かって立っていると、隣と方の話し声もよく聞き取れないくらいで…(^^;

この日はしなの鉄道169系S52編成による急行「信州」号が運転されていることもあり、まずはこちらから…



▲ 湘南色の169系S52編成による急行「信州2号」(9602M)。当日は篠ノ井~軽井沢間に1往復運転されました。



▲ 続いてやって来た115系S10編成による普通列車(2734M)。本来であれば、169系が使われることが多い運用ですが、この日は急行「信州」の運行があったため、115系が代走していました。



▲ 翌日の「しなのサンライズ」号に使われる車両の送り込み回送列車(長野~戸倉間は普通列車3634M、戸倉~小諸間回3616M)。国鉄色の189系N101編成はこの週末は上京していたようで、当日はN102編成でした。サンライズの前のサプライズ(!?)を期待したのですが、それは叶わず…!?(笑



▲ さらに115系S1編成による「快速軽井沢号」(2604M)。愛称が付けられている快速とはいえ、特に変わり映えのしない115系3両編成での運転です。しかもワンマン…(^^; 2つ上の画像とは種別表示が異なる(こちらは「快速/ワンマン」になっています。)くらいでしょうか(^^;



▲ そして一番上の急行「信州」から待つこと約1時間、やっと通過してくれた「特急白山号」の送り込み回送列車(回9690M)。前日長野まで回送されていた車両に、戸倉でヘッドマーク等の貼り付けを行なったようで、軽井沢方絵幕、直江津方字幕のヘッドマークが外から貼付されていました。車体が妙に黄色っぽく、そしてヘッドマークが妙に白っぽく見えるのは気のせいでしょうか? それにしても外貼りのヘッドマークは、鉄道模型でも見ているような感じで実物っぽく見えないです(^^; なお、使用されたのは新潟車両センターの485系K2編成(←軽井沢・金沢方 クロハ481-1030+モハ484-1021+モハ485-1021+モハ484-1042+モハ485-1042+クハ481-347 直江津方→)です。


そしてすっかり体も冷え切って、動きの鈍くなった体を引きずって撤収しようとしたところ通過したのがコチラ。慌ててカメラを構えると…



▲ 115系S2編成による長野行き普通列車(633M)。長野県東信地区が舞台のアニメーションのキャラクター等が車体にラッピングされています。この編成をしっかりと見たのはこれが初めてだったりします(^^;;;


改めて撤収! 即近くのコンビニへ駈け込んで余計な水分を出し、温かいものを摂って体を温めたのは言うまでもありません(^^;
この時点ですっかりヤル気の失せた一行(^^; 本番の下り列車はお手軽に小諸で撮影しようかなどということになりつつあり…

(つづく)


もうひと月も前の話になってしまいましたが…(^^;
ちょうど1か月前(4週間前)の2月24日(日)、しなの鉄道屋代駅構内にて、「169系S52編成&S53編成共演撮影会」が開催されました。
当日は、屋代~軽井沢間に湘南色の169系S52編成による急行「志賀」が2往復運転され、その折り返しの間合いを利用して短時間の撮影会が行なわれた-というワケです。

当日は、急行「志賀」への乗車や撮影をじっくり行なう時間もなかったため、長野~屋代間をしなの鉄道で慌ただしく往復し、撮影会にのみ参戦してきました(^^;



▲ しなの鉄道の車内から屋代駅構内を望む-既に下りの急行「志賀1号」が2番線に到着し、入換えのタイミングを見計らっているところです。画像の左端には、昨年3月末で営業運行を終了した長野電鉄屋代線の線路が雪に埋もれているのが見え隠れしています(^^;



▲ 2番線に到着した軽井沢からの急行「志賀1号」。悪天候の中を走って来たのか、車体の至るところに雪が付いています。この折返しの軽井沢行き急行「志賀4号」までの間、3番線と旧長野電鉄ホームとの間を留置線を利用した撮影会が行なわれました。



▲ 留置線に既に待機しているしなの鉄道169系S51編成。各編成ごとに色違いの「ありがとう/さようなら」マークが用意されています。



▲ 側面に表示されている急行「志賀」の愛称札と「屋代-軽井沢」間の行先板(サボ)



▲ サボには、小さく「ありがとう さようなら 169系」の文字が入れられています。



▲ 長野方の1号車にのみ、現役時代の急行「志賀」をイメージした「湯田中-上野」のサボが差しこまれています。
(実際に運行されていた時の急行「志賀」は、屋代駅基準で長野方の3両でしたので、10~12号車又は9~11号車が正当のようですが…(^^;;;)



▲ S53編成にも愛称表示を差し込む枠に「ありがとう/さようなら」とのプレートが差し込まれています。



▲ 2番線から急行「志賀1号」で到着したS52編成を入れ換え、S53編成と並べて撮影会の準備完了です!


撮影会の時間は12時10分~35分の僅か25分間、この間にヘッドマークを付け替えて3種類のパターンを作り、それを3分間×2セット行なうという非常に慌ただしい撮影会でした(^^;;;



▲ まずは「ありがとう/さよなら」マーク付き。



▲ 次に急行「志賀」マーク付き。なお、S53編成には「急行」の種別幕が無いそうで、代わりに「快速」を表示しています。



▲ そして最後は何もない状態での並びです。



▲ 撮影会中も時折り吹雪くように雪が吹き付ける場面も。春分を過ぎた今では考えられないくらい寒い一日でした(^^;


以上、簡単ですが、当日の屋代駅の模様をお伝えしました(^^)/


しなの鉄道では、3月16日(土)のダイヤ改正から2両編成の115系が導入されることが2月12日付けのお知らせ(HP掲載)にて発表されましたが、これに合わせてJR東日本から譲渡されると思われる115系(長野総合車両センター所属のN50番台編成)がしなの鉄道線内で試運転を行なっているのを目撃しました。



▲ 屋代駅にて。撮影会のためにヘッドマーク付きで留置された169系S53編成と並んだ長野総合車両センター所属のN57編成(クモハ115-1005+クモハ114-1510)による試運転列車。突然やって来た列車だったため、169系との顔並びは撮れず…orz ホームの停止位置の脇には、3月16日からの戸倉~長野間ワンマン運転開始に伴い、ワンマン用のミラーが新しく設けられています。


長野から乗車した普通列車の後追いでやって来たようで、ホントに不意打ち状態でした(^^;
ホームの所定の位置で少し停止した後、軽井沢方面に向かって走り去っていきました。



▲ しばらくして再び屋代駅に姿を見せたN57編成。先ほど見送ってから屋代に戻ってくるまでの時間を考えると、試運転は長野~戸倉間で行なわれているようです。しなの鉄道開業後、さまざまな噂や憶測が飛び交った新車両導入の話は、いちばん無難なところに落ち着いたようです(^^;



▲ 屋代駅の跨線橋にJR時代から残る「やしろ」の駅名表示とともに。今のところ、JRマークが貼付された姿での試運転ですが、3月以降はどのような出で立ちで運転されるのか気になります(^^; 時間的に譲渡される編成すべてがしな鉄色に塗装変更するのはキビシイような気がしますので、1997(平成9)年10月のしなの鉄道開業時に見られた“JR長野色+しな鉄ロゴのステッカー”の状態で運行される可能性がいちばん高いような気がしますが…(^^;


ダイヤ改正後は、2両編成や5両編成で運転される列車も登場するようで、編成パターンも賑やかになりそうです。
JR色+しな鉄色の混色編成も見られそうですね(^^;


しなの鉄道では、すべての旅客列車が旧国鉄近郊型車両の115系電車及び同じく急行型車両の169系電車のいずれかで運行されています。

現在ではこの2形式に加えて、2011(平成23)年7月以降JR篠ノ井線区間への乗り入れができなくなった169系に代わり、朝の快速列車「しなのサンライズ号」用に、JRから特急型車両の189系電車が乗り入れており、かつての国鉄信越本線の雰囲気を現在も色濃く残しているといえます。

この「しなのサンライズ号」に用いられる189系は、信越本線の快速・普通列車「妙高号」用に長野総合車両センターに配属されているN101~N103編成(6両編成)が使用されており、その送り込み列車として長野915発の戸倉行き普通列車3634Mが189系で運行されています。

一方、JRへの乗り入れができなくなった169系は、現在は専ら軽井沢~小諸間の区間列車に用いられており、その送り込み列車として、戸倉942発の軽井沢行き普通列車2734Mが169系で運行されています。

この3634Mと2734Mは、戸倉で乗り継ぎできるようにダイヤ設定がされており、同一ホーム上でかつての国鉄特急型と国鉄急行型の2形式の電車を効率よく乗り継ぐことができます。



▲ 戸倉駅3番線ホームに到着した189系使用の3634Mを受けて、2番線から169系使用の2734Mが2分接続で発車します。


169系はしなの鉄道から今春での引退が発表されており、また189系も北陸新幹線の金沢開業が大きな転機となることが予想され、このような乗り継ぎが体験できるのもあと僅かのことになってしまいました。



▲ 長野駅の電留線から7番線ホームへと進入してくる3634M用の189系電車。この日の早朝に直江津を発った3322M快速「妙高2号」の車両が長野駅構内で一息ついた後、戸倉へと向かう普通列車になります。なお、戸倉到着後は小諸へと回送され、明朝の「しなのサンライズ号」になるまでの間ずっと昼寝をして過ごします(^^;



▲ 戸倉発軽井沢行きの2734M。この日はしなの鉄道の169系電車の中でも特に注目度の高い湘南色のS52編成が使われていました。上田駅のホームでは、乗るお客さんに降りてきたお客さんが入り混じっての“プチ撮影会”になることも… 「この電車、もうすぐなくなるんだって」なんて言う声が、一般の方からも聞かれるようになりました(^^;


今日は「1月15日」、つまり“115系の日”ということらしいので、115系に因んだ記事を…(^^;

長野県による「オレンジリボン」の啓発広告については、これまで県内各地の路線バスにラッピングが施されて活躍していることを何回かに分けて紹介してきましたが、鉄道車両にも同様の広告が掲出されているのを先日偶然知りました。


★ ☆ ★ ☆ ★


しなの鉄道では、主力車両である115系に「オレンジリボン」の車体広告を掲げて運行しています。
私が確認した限りでは、少なくとも2編成(S8編成及びS11編成、計6両)に「オレンジリボン」の車体広告が掲出されているようで、各車両とも扉間の窓下のスペース(1両あたり片側2か所、両側で4か所)にバナー状の広告が貼付されています。





▲ 長野駅を出発する115系S8編成(←軽井沢 クモハ115-1529+モハ114-1052+クハ115-1021)。



▲ 上田駅で停車中のS11編成(←軽井沢 クモハ115-1020+モハ114-1027+クハ115-1019)。この編成は、JR東日本発足当時、炭酸飲料の広告と共に真っ赤な車体になっていた編成ですね(^^;



▲ 車体に掲出されているバナー状の広告。確認した限りでは、各編成・車両とも同じ広告を掲げているようです。


私が確認できたのはこの2編成だけですが、他にもまだ存在するのでしょうか??
ちなみに、今回紹介したしな鉄の車両以外にも、JR東日本長野支社管内に同じ広告を掲出した車両が走っていますが、そちらはまた後日…(“1月27日”辺りに記事としてアップするかも!?)。




1月21日(土)に屋代駅で行なわれたイベントで、ヘッドマーク付きの姿で展示された169系S54編成ですが、この時のヘッドマークが同編成への最後の餞となってしまったようで、この後程無くして長野総合車両センターへ回送されてしまった-と聞きました。

その後、長総の廃車置き場に、209系や211系、静態保管中の機関車などにに混じってS54編成が留置されているとの情報を、どなたかのブログで拝見しました。先日、私が見に行ったときには既にその姿はなく、もはや解体されてしまったかと思っていたのですが、信越本線を走る列車の車窓から、その姿がまだ確認できました。



▲ 長野総合車両センターの廃車置場の一番奥の方に姿が確認できたしなの鉄道169系S54編成。隣の線には、同センターに保管されているED60形、ED62形、EF63形などの電気機関車が車体を並べています。



▲ もう少し違う角度から。良く見ると、ヘッドライトのレンズが外されたり、種別幕が抜かれたりしていますので、解体を前提にした部品取りが始まっているものと思われます。それ以前に、姿が見えるのは、クモハ+モハの2両だけのようで、クハ169-13の姿が見えなくなってしまっています。




▲ 屋代駅でのイベントで、ヘッドマーク付きの姿で展示されたS54編成。結局、このヘッドマークを付けたさよなら運転は、幻に終わってしまいました…


しなの鉄道に残るあと3編成の169系も、既に定期運用は無く、専ら臨時・団体列車等に使われるだけとなっています。
こちらについても、今後の動向がとても気になります(^^;



1月21日(土)に屋代駅で行われたイベントは、しなの鉄道の169系のうち、S54編成と呼ばれる3両(←篠ノ井 クハ169-13+モハ168-13+クモハ169-13 軽井沢→)が引退するのを記念して…という目的もあったようで(いや、むしろそれがメイン!? 引退記念グッズ等も販売されていましたし…)、そのS54編成がヘッドマークを装着して展示されました。



▲ 169系S52編成と長野電鉄2000系D編成の並びの撮影会のちょうど後ろ側に、S54編成が「ありがとう169系S54編成」と書かれたヘッドマークを付けて展示されました。



▲ ヘッドマークの取り付けられた先頭部をアップで。マークのデザインは、最近のスタイルを踏襲したものとなっています。
(※ この画像は、撮影会において立ち入り可能な場所として解放されたエリアから撮影させていただいたものです。)



S54編成は、昨年7月末の12両編成運転以来動いていないものと思われ、ここ最近は褪色や雨垂れなどが目立つ姿となっていましたが、この時はちゃんとパンタグラフを上げ、ヘッドライトが点灯していました。
今回、S54編成にはヘッドマークが取り付けられたものの、留置状態が長引いていることもあってこの編成が再び営業運転に就く可能性は低いと思われ、今回が最後の晴れ姿-となってしまうのかもしれません。




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