いよいよ明日10月1日から、12月31日までの3か月間、「未知を歩こう。信州」をキャッチフレーズに、信州デスティネーションキャンペーンがスタートします。

毎日1つずつ日にちが減らされていた長野駅新幹線改札口前のカウントダウンボードも、いよいよここまで来ました。



▲ 9月29日、「あと2日」まで数字が減ったカウントダウンボード。この夜が明けると「あと1日」になりますね(^^)


先週末の25・26日は、普段は10月に入ってから行なわれている「鉄道の日」のイベントを少し前倒しし、信州DCのプレイベント的な催しが長野駅を中心に行なわれていました。



▲ 26日には信州DCのイメージキャラクター「アルクマ」も登場、訪れた人の目を引いていました。大人も子どもも、日本人も海外から来られた方も、横に並んだり写真を撮ったり、楽しんでいた様子です。



▲ もちろん11日の「信州バスまつり」にも「アルクマ」が登場しました(^^) それにしても、とっても暑かったでしょうね~(^^;;; ところで、「アルクマ」は「アルクマくん」? それとも「アルクマちゃん」?



▲ 暑さも大変でしょうが、下り階段も「アルクマ」は苦手のようです。まるで幼子が手を引かれるような足取りでソロリソロリと下りてきました(^^;



▲ 「アルクマ」登場のポスターがずらり。どこも“信州らしい”場所を厳選して撮られています(^^;


長野駅のコンコースには、臨時の観光案内所が設けられるなど、準備はいよいよ大詰めを迎えています。
そんな中、長野駅の善光寺口側の階段には、ご覧のようなイルミネーションが施され、試験点灯が行なわれていました。



▲ 一瞬、気の早いクリスマスのイルミネーションかと思いましたが、信州DCに合わせたデザインとなっており、右端の方には「アルクマ」もしっかりいます(^^;


期間中はイベント列車なども多数走りますので、観光地へ行くまでの行程も楽しむことができると思います。



▲ イベント列車の目玉・新型リゾートトレイン「リゾートビューふるさと」。期間中は原則として毎日、長野~松本~南小谷間を1往復走ります。


どうか盛大なキャンペーンとなることを願っています(^^)/
そんな訳で、このブログも今日はいつもと時間を変更してお送りしましたm(_ _)m
(…といっても、タイマーの時刻設定を変えただけですが…(^^;;;)


先日、長野駅前に行ったところ、駅前交差点の歩行者用信号が、残時間の目安表示付きのものに変わっていることに気がつきました。



▲ 信号が変わるまでの残時間の目安表示(正式な呼び名は分かりませんが…(^^;)付きのタイプに替わった長野駅前交差点の歩行者用信号機。青の時消えている赤の両脇青い目盛が、赤の時消えている青の両脇赤い目盛が表示されます。


ここの交差点で信号を待つのはもう慣れっこになっていますので、個人的には態々このようなものを設けなくても平気なのですが、信号を待つ人のストレスを解消するのに役立つのであれば、良い発想ではないかと思います(^^;



▲ 折角ですので、駅前交差点を通るバスの画像でも(^^; 7番乗り場を出発した新宿行き高速バス40318号車。この日は京王担当便の続行で、2号車としての運行でした。


一昨日までの松電バス・会田線の記事に関連した話題でもあるのですが、先日、松本市四賀地区の松電バス及び松本市営バスに関する資料収集のため、松本市四賀支所(旧・四賀村役場)を訪れました。



▲ 合併間際(?)に建てられたという旧四賀村役場庁舎。立派な建物でありながら、利用する住民の気配はほとんど無く、ひっそりとしている(^^; (もちろん、中では仕事をしている市役所の方たちがいるわけですが。) 敷地の手前には松電会田線及び市営バスのバス停が立っている。



▲ 敷地内に建てられた、「四賀村の足跡」という閉村記念の碑。


余談ですが、旧東筑摩郡四賀村は、2005(平成17)年4月1日に南安曇郡梓川村、安曇村及び奈川村とともに、隣接する松本市に編入する形で合併し、消滅しました。さらにその前身は、錦部村、中川村、会田村及び五常村という4つの村で、いわゆる“昭和の大合併”期の1955(昭和30年)4月1日に新設合併により、四賀村が誕生しました。四賀村は、四つの村が合併してできたところから命名された村名ですが、現在の住所には“四賀”の名称は使われておらず(例:東筑摩郡四賀村大字会田⇒松本市会田)、ここ四賀支所に残されているくらいかと思われます。

昭和の大合併による四賀村新設後も、各地域ごとの人やモノの流れは旧村のまま残っていたようで、例えば郵便では錦部地区は松本郵便局からの運送便に拠っており、会田・中川・五常地区は明科郵便局からの運送便(さらに大元は松本南郵便局)に拠っているなどという形式が、比較的最近まで残っていたようです。
(現在は、四賀地区全体で399-74**という郵便番号(明科局の399-71**から始まるグループの番号)を使っていますが、一昔前までは錦部地区のみ390-01という松本局の配下の番号を使っていました。)

路線バスも然りで、錦部地区の保福寺や青木峠に近い会吉からの路線バスは四賀村役場が置かれていた会田地区を通らずに松本へ向かっていましたし、中川地区の向原や小胡桃からの路線バス(保福寺からの路線ももちろんありましたが)は明科へ向かうというところは、旧四村の頃からの名残だったのでしょう。
(平成6年に四賀線の会吉までの路線が廃止されてからしばらくの間は、錦部地区の中心を経由しない松本発会田行きという系統が一時期運行されていましたが、その後廃止されています。)


さて、余談で逸れすぎましたが本題を…
この四賀支所敷地内には、ご覧のとおりバス停のスペースが設けられています。バス停のポールはありませんが、歩道部分の屋根を支える柱に、時刻表を掲出できるスペースが設けられています。



▲ 支所の敷地内、庁舎の前にはバス停として使えるスペースが設けられているが…


しかし、ここにはバス停名も時刻表も掲出されていません。(ひょっとしたら、これまで使用されたことさえ無いのではないでしょうか?)
松電バスはともかく、市営バスでさえ支所の敷地には入らず、前の通りを素通りして行きます。



▲ 四賀支所前の通りを通過する四賀地区の松本市営バス。



▲ 松電も市営も、敷地外に「四賀支所前(旧・役場前)」のバス停が設けられているだけで、そこには屋根もない。



▲ 「四賀支所前」バス停を別アングルから。松電・市営ともに時刻表は両方向がまとめて掲出されており、片側だけのバス停で双方向のバス停を兼用しているようである。



▲ 市営バスと松電バスの停留所ポール。市営の方は、旧四賀村営バス時代のものを使いまわしており、黄色いペンキで旧村章が塗りつぶされている。



▲ 少し離れたところには、「スクール 乗場」と書かれた別のポールが設置されている。こちらは松電旧仕様の赤いバス停。


10月1日(金)からは、松電バスの会田線が廃止され、四賀線が保福寺下町行きから四賀支所行きに行先・経路の変更が行なわれます。併せて、市営バスも経路等の変更が行なわれるようですが、折角のバス停スペースなのですから、10月1日からの新しい交通システムにおいては、是非とも支所の敷地内のバス停を活用してほしいところです。
(余談ばかり長くなってしまい、肝心の本題の方が上手くまとまらなくなってしまいました(^^;;;)



9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」の中で、“お絵かきバス”として来場者のキャンバスとなった40291号車について、9月21日(火)の記事に書きましたが、昨日ついに、同車が実際に運行されている姿を目撃することができました(^^)v

昨日、「鉄道の日」関連のイベントを見ようと長野駅に行ったのですが、ちょうどバス乗り場を通りかかった時に目に入ったのがこの車両でした。



▲ 長野駅1155発の西条線・[17]系統若槻東条行きに充当されていた40291号車。基本的にバスまつりの時の姿のままですが、さすがにテールランプ・方向指示器・ナンバープレート等に描かれた絵などは、きれいに抹消されていました(^^;

実は24日(金)、いただいた目撃情報を元に某所で朝方張り込みをした(^^;;;のですが、見事に振られて諦めていただけに、何ともラッキーでした。



▲ 信号が変わるのを待つ40291号車。隣に並んだ長電バスのハイブリッド車もびっくりの出で立ち!?



▲ 天気が良すぎて、側面が白っぽく飛んでしまいましたorz



▲ 末広町の交差点を右折する40291号車。この車両の街中での注目度はバツグンでしょうね(^^;;;


※ 今回の記事のタイトルは、40291号車の側面窓に貼られていたものを元に付けたものです。廃車前提の車両であるとイベント当日に伺っていますので、運行期間等については突然終了する場合もあるでしょうし、2週間程度との話もありますので、間もなく姿が見られなくなる可能性が非常に高いと思われます。なお、“お絵かきバス”の運行状況やダイヤ等について、事業者に直接問い合わせることは、現場に迷惑が掛かる恐れがありますので、自粛していただきますようご配慮をお願いします。



明科駅前1620発の松本電鉄会田線のバスに乗りおよそ40分、終点の「保福寺下町」に到着しました。
保福寺下町のバス停は、これまで上ってきた道の右側にあり、折返し場としてバス2台分くらいのスペースの空き地を備えています。バスは道路上で切り返し、この折返し場にバックで入ります。結局ここまで乗ったのは私1人だけでした。



▲ 終点・保福寺下町に到着した会田線のバス。折返しは回送として営業所に引き上げて行く。



▲ すぐに今来た道を下っていく回送のバス。次にバスが来るのはおよそ1時間半後。



▲ 保福寺下町のバス停を、今上ってきた道の方向から撮影したもの。現在は全てのバスがここで終点であるが、16年前までは少し先の「保福寺天王」まで四賀線のバスが運行されていた。



▲ 上の写真とは逆に、保福寺峠側から保福寺下町バス停方向を撮影したもの。元宿場町だけあって、道路沿いには大きな門構えの建物や、立派な土蔵を備えた大きな家が軒を連ねている。



▲ 保福寺下町から出るバスは平日のみ5本。松本行きが4本と明科行きが1本という寂しさ。



さすがに店も何も無いところ(見た感じ自販機さえ…orz)で1時間半バスを待つのは辛いため、(その1)で書いたとおり、時間を合わせて松本市内の親戚に迎えに来てもらい、明科駅までの“臨時便”で無事に戻ることができました(^^)v


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ところで、会田線の運賃は、150円、300円、450円と150円刻みで、途中のどの区間においてもこの3種類以外の金額になることはありません。それにしても大雑把過ぎます。
また、明科駅前~保福寺下町間450円という運賃は、他の路線と比べて安過ぎるような気がするのですが、どうなのでしょうか。

距離の比較では無いので正確性に欠けますが、所要時間がどちらも約40分という点で距離にさほど差は無いものと思われるため、保福寺下町から松本までと明科までの運賃を比較してみましょう。松本までは(上の時刻表下部に記載された運賃表からも分かるとおり)850円です。ところが、明科までは450円ですので、明らかに会田線の運賃は安いことが分かります。これはなぜなのでしょうか。

平成21年1月1日のダイヤ改正まで、四賀地区の松本市営バスは四賀線及び会田線の廃止区間を代替して運行されていたため、松電バスとの競合区間は(四賀支所付近を除いて)基本的に存在しませんでした。
しかし、このダイヤ改正で、市営バスが四賀支所~大木戸間にも運行されることになったため、この区間は路線の競合区間(…といっても本数が本数ですので、利用者に選択の余地は無いわけですが(^^;;;)となってしまいます。もちろん運賃の水準も異なるため、会田線の運賃を市営バスに合わせて値下げする措置が取られました。150円刻みというのは、四賀地区の市営バスの運賃に合わせたものだったというわけです。
ちなみに、それまでは明科駅前~保福寺下町は750円、明科駅前~会田は440円(改正後300円)、会田~保福寺下町は430円(改正後300円)でしたので、約6~7割程度に値下げされたことになります。
そして、この改正以降、会田線は松電バスの全線時刻表から姿を消します。一部の資料には、会田線では松電バスの回数券「ラ・クーポン」の使用はできない旨の記述があるものも見つけたので、恐らく、この改正以降会田線は、松電バスの路線ではなく、市営バスの一部として明科へ乗り入れる便のみ運行委託をされるようになったのではないでしょうか。
(特にその辺りの経緯に触れた資料は見つけられていません。先日の乗車の際は、知らずに回数券で運賃を支払ってしまったのですが、運転手さんからは何も言われませんでしたが…??)



▲ 資料収集のために別の日に立ち寄った四賀支所前で、松本市営バスに偶然遭遇! 化石館発、大木戸経由、会吉行きという経路を辿っている。


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また、保福寺下町の時刻表に記載されていた運賃表で、不思議な箇所を見つけました。

これと、

▲ 運賃表の部分を拡大したもの。


これを比較すると…

▲ 保福寺下町到着直前の車内運賃表(会田線)。


明らかな矛盾が生じているのがお分かりでしょうか。

保福寺下町から会田線に乗車した場合、バス停の運賃表では化石館までは四賀線と同じ230円になっています。しかし、反町農協前までは150円に下がっています。
そして、バス車内の運賃表示には、保福寺下町まで230円の区間は存在しません

…ということは、バス停の運賃表が誤っているものと思われますが、もしそうだった場合、保福寺下町~化石館では、四賀線は230円、会田線は150円と、2通りの運賃が存在してしまうことになってしまいます。同じ会社のバスではそんなことはあり得ない(※)ので、やはり会田線は純粋な松電バスの路線ではないということになるのでしょうか。
(H20.7版の全線時刻表の四賀線の欄を見ると、保福寺下町~化石館間の運賃は230円との表示がありますので、松電バスとしては同区間は230円という運賃設定なのだろうと思います。)


(※) 以前、長野市役所周辺を走っていた川中島バスの[80]系統では、市内100円均一区間を飛び出す長野鶴賀~商工会議所~栗田~ABN~東口の区間において、このバスに限り100円(通常の路線バスでは運賃表どおり)という2重運賃が存在していました。



昨日に続き、松本電鉄バス会田線の乗車記などをお送りします。





明科駅前を定刻の16時20分に発車した保福寺下町行きのバスは、(私を含めて)3人の乗客を乗せて国道19号を長野方面に向かって少し走ります。東栄町の信号を右折すると、「神社裏」というバス停があります。このバス停に近づくと、遠くから高校生と思しき男の子が走ってきます。運転手さんもそれに気がつき、少しバス停で待っていました。4人目の乗客を乗せて、再びバスは走り出します。

会田へ向かって上り続ける道の途中、「井刈」で1人目の下車です。
そしてその2つ先の「大木戸」では、少し早くなってしまったバスのペースを戻すため、時間調整の停車をしました。



▲ 「大木戸」のバス停にて。高速バスの「長野道四賀」のバス停に近いここでは、高速バスとの乗換えが可能。朝の区間便が化石館から下りてきてここで折り返すほか、日中の松本市営バスもここで折り返している。


明科駅を出てからおよそ20分、会田線沿線でいちばん賑やかな街並みへとバスは進んで行きます。かつての善光寺街道・会田宿の面影を残す会田の集落で、「会田」のバス停があります。ここでまた1人下車しました。さらに市営バスへと乗り継ぐのか、バス停の時刻表を確認していました。



▲ バスは会田宿の面影を残す通りを行く。辺りには郵便局や信金、役場、学校、商店などが揃い、旧四賀村(さらに昔の会田村)の中心であったことが伺えます。


会田で東から南へと走る方向を変えたバスは、さらに保福寺川に沿った道を上って行きます。車窓には、目にも鮮やかな緑色の田圃が広がっています。



▲ 車窓に広がる8月初めの田圃。緑色が目に痛いくらい鮮やかでした。


途中、「反町農協前」で1人下車し、いよいよ車内は私だけになってしまいました。あらかじめ終点まで乗ることを運転手さんに告げてありましたが、律儀に1つ1つ停留所名のアナウンスを車内に流していきます。
「矢室」で国道143号を突っ切り、「化石館」、「錦部」と進んで行きます。この辺りは旧四賀村の中でも、昔の錦部村のエリアです。
道は善光寺街道から保福寺通りへと変わり、保福寺宿のあった「保福寺下町」へと最後の坂を上がって行きます。



▲ このカーブを曲がれば終点「保福寺下町」に到着。



▲ 運賃は明科駅前から450円ナリ。それにしても、150円→300円→450円と随分大雑把な刻み方をする運賃です(^^;


さて、明科駅前からおよそ40分弱、終点「保福寺下町」に着いた所で、今回はおしまいにしたいと思います。
次回は、150円刻みの運賃と2重運賃のカラクリ(!?)に迫ります。乞うご期待(^^;;;


延々と引っ張った9月11日(土)の「信州バスまつり」の記事も一段落しましたので(^^;、また記事の内容も平常ダイヤに戻していきたいと思います。

今回は、この夏に乗車した廃線間近のバス路線の紹介です。


現在、JR篠ノ井線の明科駅と、松本市(旧四賀村)の保福寺下町を結ぶ松本電鉄の会田線。平日のみ、朝に区間便を含む1.5往復、夕方に0.5往復が運行されるだけの超閑散路線です。
かつては、明科駅から四賀村役場があった会田を経由して、村内の各地域へいくつもの枝線が運行されていた会田線ですが、近年の著しい利用の低下に伴い、平成21年1月1日のダイヤ改正をもってそれらはすべて廃止されてしまい、幹線である保福寺への路線が細々と残っている状態です。しかし、それも来月1日のダイヤ改正をもって廃止される旨が、9月8日付けで松本電鉄のHPに掲載されました。



▲ かつて運行されていた会田線の枝線の1つ、「矢久(やきゅう)」行きのバス。車両は、BU10型がいすゞ製バスの大半を占める中で、少数派だった北村ボディのBU04(1978年式・10852号車)。



そんな会田線に予てより乗車してみたいと考えていたのですが、どうしてもネックになることがありました。
それは、朝も夕方も、(区間便を除いて)片道しか運行されないことです。
朝の便は、高速バスと絡めると松本から保福寺下町へアクセスすることができ、明科駅行きの便に乗車することができるのですが、夕方の便は明科駅から保福寺下町へ行くと、折り返しは回送になってしまいますので、帰る手段がありません。同じ松本電鉄が運行する四賀線(松本BT~化石館・保福寺下町)を使えば、保福寺下町で1時間半の待ち時間で松本へ下る便が来るのですが、何も無いところで1時間半待ち惚けは勘弁です(^^;;;

そんな話を松本に住んでいる親戚にしながら、保福寺から松本か明科へ下る足を提供して欲しい旨を懇願したところ、快く(!?)引き受けてくれたので、ようやく会田線乗車を実行に移すことができました。

さて、前置きが長くなりましたが、そんな経緯もあって8月上旬のとある日、明科駅に降り立ちました。



▲ 昔ながらの“国鉄配線”を持つ明科駅。駅舎もいい味出しています。


駅舎を出て右へ向かうと、明科駅前のバス乗り場があります。
そこにはカラフルなバス停が4本も並んで立っています(^^;



▲ 運行されるバスの本数の割りに賑やかなバス停たち。手前から順に安曇野市営バス、松本電鉄、池田町営バス、生坂村営バス(ここは降車バス停で、乗車は駅前の国道19号を渡った反対側。)と、民営・市営・町営・村営の各種バスが乗り入れています。


乗車するのは松本電鉄会田線。時刻表は…と。



▲ 時刻表に書かれているのは、これから乗車する16:20発の便1本だけです(^^;;; 周りの白いスペースが勿体無いような…


発車時刻の10分くらい前になって、線路伝いの路地からバスがやってきました。10150号車、松本電鉄生え抜きの車両で、以前は上高地方面でも活躍していました。
本来は、松本北営業所の車両が使用されているそうですが、この日は都合で車両も運転手さんも本社から応援に来たのだそうです。



▲ この日の会田線は、本社所属の10150号車が担当でした。



▲ 前ドアの近くに設けられた車掌さん用の補助席。新製当時、新島々営業所に配属され、上高地方面の路線で活躍していた証です。



▲ 側面の経由地表示。今や貴重な方向幕を使用する車両です。松本駅・BTに発着する路線ではないため、系統番号はありません。



▲ 出発前の運賃表示機。「会田線◆明科駅→保福寺下町」の文字がスクロールしていました。


16時20分になり、私と買物帰りのような荷物を持った2人のご婦人を乗せて、バスは保福寺下町へと出発しました。



(前置きで長くなってしまいましたので、ひとまずここまでにしたいと思います。続きはまた改めて…)



さて、9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」の記事も、いよいよ(今度こそ!?)最後になりました。
最後に紹介するのは、私が唯一参加したアトラクション(^^;である“洗車機突入体験”です。

川中島バスの本社(大塚南車庫)にある洗車機には、過去に2度ほど飛び込ませていただいたことがある(2008年9月:さよならリフトバスツアー、2009年9月:40018号車ツアー)のですが、今回の突入体験に使用されるのがこの車両とあっては、乗らないテはないと思い、行列に加わった次第です。直近の時刻のではなく、少し余裕をみれば整理券番号が若いものが手に入ることが分かり、しばらく後の12時30分の便にしました。



“洗車機突入体験”に使用された、川中島バス最古参の45622号車(元・松本電鉄10622号車)。1986(昭和61)年式・いすゞ+富士重工のP-LV219Sという形式の車両で、ヘッドライト~バンパー周りの辺りの表情が厳ついのが特徴です。



▲ “洗車機突入体験”バスの乗り場。猛暑の中、窓越しとはいえ、勢いよく飛び出してくる水を浴びられるということで、終日賑わっていました。



▲ 待っている間、少しでも涼を取ろうと、バスの日陰にみんな集まってきます(^^;



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

それでは、実際に乗車してみましょう。
若い番号の整理券を入手できただけあって、公式側の最前列に座ることができました(^^)v

川バス本社の正門前の乗り場から時計回りに構内をグルッと半周し、洗車機の前までやってきました。



▲ さぁ、いよいよこれから突入です。



▲ 勢いよく水が噴き出してきました。一度の洗車で、家庭用の風呂桶1杯分くらいの地下水を使用するそうです。



▲ また、この洗車機は、車体の底を洗えるのが特徴だそうです。下から物凄い勢いで水が出てきます。



▲ 綺麗になったかな?



▲ ずぶ濡れになることなく、無事に帰ってきました。尤も、着ていたシャツが吸いきれないくらいの汗を吸っていたので、ずぶ濡れ同然の格好だったのですが…(^^;;;



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今度は外から洗車の様子を見てみましょう。
連続写真でどうぞ(^^)

洗車機へ突入!







…洗車完了です。45622号車は、この日何回洗車されていたのでしょう。もう当分洗わなくてもいいのでは?



▲ 最後に草軽交通の1143号車とのツーショットを。一日お疲れさまでした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

イベント終了後、10日以上に亘って駄文にお付き合いくださいまして、ありがとうございますm(__)m。
自分で撮影した写真の中から、凡そ100点を選び、編集し、拙い記事書きを交えて紹介させていただきました。
イベントに参加されなかった方はその雰囲気が少しでも伝われば幸いです。
また、参加された方も、当日を思い起こすのにお役に立てば幸いです。

最後に、(冒頭の繰り返しになりますが)かくも盛大かつ楽しいイベントを開いてくださった関係者の皆さま、本当にありがとうございます。おかげさまで十二分に堪能することができました(u_u) また時々は、このようなイベントがあると楽しいだろうなと思いますので、今後も継続した開催を期待したいと思います。








9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」の模様をお知らせする記事も、いよいよ大詰めか!?というところまでやってきました(^^;

ところで、前回の記事で、「次回は“バスまつり”ネタ最終回になる予定」…と書いたのですが、もう一つ書き忘れたことがあることに気がつきました(^^; そんなわけで、今回は予定を変更し、涼を感じさせてくれたアトラクションネタを後回しにして、この車両の紹介をしたいと思います。(予告したネタを期待されていた方がいらしたら、申し訳ありませんm(__)m)


書き忘れたこととは、この2台のことです。


元40013号車。日野(日野車体)P-RJ172BA 1987年式 元尼崎市交通局。



元40018号車。日野(日野車体)P-RJ172BA 1987年式 元東京都交通局。


いずれも新町営業所に所属していたローカル線専用の日野レインボーですが、寄る年波には敵わず、廃車となったようです。
これで元東京都交通局の2ツ目レインボーは全廃(全3台)、元尼崎市交通局の角型4ツ目レインボーは40006号車(松代営業所所属の赤柴線用車両)を残すのみ(全8台中7台が廃車済み)となりました。

会場内の展示車両と顔を並べて置かれていて、おまけにフロントガラスには、「ASK万円」なんていう札が掲げられていたのですが(“価格はお尋ねください”という意味でしょうか??)、あわよくば部品販売と並んで1台丸ごと売っちまえ!的なノリだったのでしょうか。果たして買おうとする方はいたのでしょうか…??

新しく登場する車両がいる一方で、このように役目を終えて消えていく車両もいます。この2台は揃って1987(昭和62)年式ということで、松電のブルよりも草軽のRCよりもずっと若い(^^;のですが、こういう結果になってしまいました(>_<) 本当にお疲れさまです。

展示(?)された状態の写真だけではつまらないので(!?)、現役時代の写真も合わせてどうぞ(^^)//



▲ 2008(平成20)年9月20日、バスの日のイベントとして「さよならリフトバスツアー」が川中島バス42202号車を使用して催されました。その際に立ち寄った新町営業所で、40013・40018号車を2台並べて撮影させてくださった時の1コマです。通常ではあり得ない行先を表示しているのはご愛嬌ということで…(^^;



▲ 2台とも篠ノ井新町線や原市場線などのローカル線専用車両でしたが、40013号車は何かの弾みで[26]系統・新町線として長野市内へ顔を出すこともありました。2007(平成19)年11月23日の夕方、不意に現れた40013号車を長野駅前でキャッチ(^^)
(40018号車の長野市内への運用実績は不明です。そもそも新町線などの方向幕は持っていなかったような…??)



▲ そして私が見た現役時代最後の2台の姿です。左の車列の左端が40013号車、右の車列の左端が40018号車です(少々隠れてしまっていますが(^^;)。今年8月8日、国道19号の歩道部分から撮影したものです。この時は偶々通りかかったのですが、まさかこの時が最後になろうとは思ってもいませんでした。


【オマケ】

▲ 2台の引退後の新町営業所の様子です。同じく8月22日、上の写真とほぼ同じ場所から撮影したものです。40013・40018号車が居た場所に止まっている41033・41034号車の2台が、この代替に入った車両ということになるようです。なお、上2点の写真撮影に際しては、新町営業所の方にご了解をいただいております。
(※ 41033・41034号車の2台については、また改めて紹介する記事を書きたいと思っています。)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


さて、いよいよ今度こそ、次回は“バスまつりネタ最終回”になる予定です。最後を飾るのは、猛暑の日に一瞬の涼を感じさせてくれた“あのアトラクション(^^;;;”です。



昨日(9月20日)が“バスの日”だったことなんてすっかり忘れて(^^;、9月11日(土)開催の「信州バスまつり」の記事なんぞを書いていたりしますが…(^^;;;

さて、このイベントの記事もそろそろ会場を一巡した…ということで、間もなく終了する見込みです。
予定では今回と次回の2回となる見込みですが…

今回は、バス1台丸ごとキャンバスとして提供してくれるという「お絵描きバス」を紹介します。
このイベントは、その名のとおりバス1台の塗装を落として真っ白な車体にし、そこに来場者の思い思いの絵を描いてもらおうというものです。キャンバスとして犠牲になったみんなの絵を車体に描いてもらったバスは、川中島バスの40291号車で、伺ったところによると近々廃車予定となっているため、最後のご奉仕としてこのようなイベントに供されたそうです。

朝の会場には、前面以外全てのロゴやダイナミックストライプ等を落とした40291号車が鎮座していました。
あとは言葉での説明は要らないと思われますので(^^;、画像で順にお楽しみください!


【メイクアップ前】


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【メイクアップ開始】

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
【メイクアップ中】

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
そして完成! 4方向から撮った画像をまとめてどうぞ(^^)//







この40291号車ですが、廃車前提とはいえ、何としばらくの間(2週間程度…らしいです(^^;)は一般の路線バスとしても使用するとのことです(爆。
善光寺マークが付いていることと、これまでの運用実績から、日赤~駅~若槻・宇木系統で使用される可能性が高そう(※ 私の勝手な予測です、ハイ。)ですが、運行期間中に見ることができたらラッキーですね!



▲ オリジナル塗装の頃の40291号車。それ以前は長期にわたって善光寺門前の唐辛子やさんのラッピングになっていました。40290~40293号車までの4台が導入された機械式オートマチック車ですが、長野での評判が良かったいう話はあまり耳にしたことがなく、40291号車が引退すれば残り1台となる40292号車の去就も注目されます。ヘタすると、P-代の“老兵たち”より全滅するのが早かったりなんていうことも…(2009年12月、長野バスターミナルで撮影。)


さて、次回は“バスまつり”ネタ最終回になる予定(!?)ですが、クソ暑かった日に一瞬の涼を感じさせてくれた“あのアトラクション(^^;;;”を紹介して〆たいと思います。



引き続き9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」の模様をお知らせしております。
あのイベントからわずか1週間余りですが、このところ急に秋めいてきた気がします。中身だけでなく気候的にも本当にアツいイベントでしたが、朝晩の涼しさを考えると、もう随分時間が経ってしまったような気さえしてきます。


さて、もうそろそろ大きなカテゴリーでのイベント紹介はネタがなくなりつつありますので、今回は細々した展示車両等をアルバム形式で一気に紹介してしまいたいと思います(^^;

それでは、どうぞ(^^)//



▲ 上田バスのH892号車です。同社の古参車3台のうちの1台だそうです。上田バスの古参車というと、元東急バスの日野レインボーの2ツ目仕様車を思い浮かべてしまいましたが、意外なところを突いてきたなと思います(^^;



▲ コレが証拠だ!と言わんばかりに、車検証のコピー付きでこの車両を紹介する紙が掲示されていました。



▲ 長野市の方にはすっかりお馴染みになった(?)、“天ぷらバス”こと川中島バスの40500号車です。エンジンが掛かっていなかったのが残念(!?)ですが、排気ガスはホントにほんの~り揚げ物油の匂いがするんです(^^;;;



▲ このバスの燃料であるBDF(Bio Diesel Fuel)に関する説明などが展示されていました。



▲ “運転手さんになろう!”のコーナーで使用されたのは、川中島バスのエルガミオ・ノンステップ車の40913号車です。子どもに合わせたサイズの制服と帽子を身に着けて、運転席に座っての写真撮影は大人気だったようです。今回は女の子向けに、ガイドさんの制服も用意していたそうです。



▲ ボンネットバスの並びに展示されていたのは、諏訪バスが運行する“蓼科高原ラウンドバス”用の30810号車です。“ボンネットバス”…とはいっても、純粋なそれではなく、2003(平成15)年製と新しい車両で、ふそうのローザを改造した車両です。



▲ 長野のハイブリッド車といえば日野自動車!…というわけで、メーカーからもサンプルカーを展示。日野のブルーリボンシティハイブリッドは、長野市では川中島バス・長電バス、松本市でも松電バスが運行してすっかり見慣れたものとなっていますが、この車両はそのマイナーチェンジ版で、“AIR LOOP”の愛称が付いています。



▲ その新ロゴのアップ。



▲ そして、日野自動車からはもう一台、新型ポンチョ(1扉仕様)も展示されていました。



▲ 工場棟内では、川中島バスの40187号車を使ってジャッキアップの実演を行なっていました。もう少しローアングルから狙えば良かったと反省…orz


また、展示車両ではありませんでしたが、会場内に7台の休憩所用バスが用意されていました。ただし、エンジンが掛かっていたわけではありませんので、当然エアコンも効いておらず、天然の風で辛うじて暑さを凌ぐ…そんな状況でした。
以下順に紹介します。



▲ 先頭は川中島バスの重鎮(^^;、41845号車。



▲ 2号車(^^;は全国的にも希少なキュービックLTのワンステップ車・42357号車。



▲ 3号車は40065号車。



▲ 4号車は全国的にも希少なブルーリボンシティHIMRの40186号車。



▲ 5号車は川中島バス初のエルガ・40350号車。6号車のレインボーⅡ(2)ノンステップ車との車高や窓の高さの違いが良く分かります。



▲ 6号車は廃止代替路線用のレインボーⅡ(2)ノンステップ車・40915号車。



▲ 最後尾は新町のエルガノンステ・41009号車。




1日間が空いてしまいましたが、引き続き9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」で出会った古いバスの第3弾をお届けします。


今回は、ボンネットバスに比べるとまだまだ新しい方のバスですが(^^;、恐らく長野県内で営業用の緑ナンバーを付けたモノコック車の最後の2台だと思われる車両です。



▲ 草軽交通から参加の1143号車(右・日野RC701)。松本電鉄の“赤バスメモリアル号”こと10480号車(左・三菱P-MP118M)とのモノコック車並びが実現しました!



▲ 松電バスの10480号車は、2006年、2008年に続き今回も参加。長野で開かれたバスまつりの皆勤賞です!1984年式で今年26年目になる一方で、草軽の1143号車はさらに3年先輩の1981年式で今年30年目になります。



▲ 草軽・1143号車の車内。茶系の落ち着いた雰囲気の座席が並びます。また、冷房が無いため天井がスッキリしています(^^;



▲ 出入口扉の脇に貼られた製造銘板。確かに(昭和)56年製です。



▲ この車両の紹介用に、諸元表がフロントガラスに貼られていました。


この1143号車、当初は今年の春で引退する予定で、何度かさよならツアーなども催されたのですが、急遽1年間の延命が決まって、無事に車検を通されました。次の車検満了を以って廃車になる可能性大ですが、それまでの間、少しでも元気な姿を見せてほしいものです。



▲ 磨きぬかれたバンパーは目映いばかり。青空とバスまつり会場がキレイに映り込んでいました。



▲ 一昔前の“観光バス”らしいデザインがとても懐かしいです。



今日は、11日(土)に行なわれた「信州バスまつり」のレポートはいったんお休みして、久しぶりにこのネタをお届けしたいと思います。
(バスまつりネタを楽しみにしてくださっていた方には申し訳ありませんm(__)m)


一応不定期のシリーズものとして“その2”までお届けしているのですが、前回は5か月以上前のことですので、すごく久しぶりになってしまいました(^^;


先日の午後、長野駅前のビル2階のデッキにいたところ、ちょうど眼下でタイミング良く3台のぐるりん号が一同に会するところを目撃しました。手前の車両が少々ぶれてしまいましたが、ちょうど“惑星直列”のような感じで並ぶところを記録できましたので紹介します(^^)v



▲ いちばん手前、長野大通りへと駅前の交差点を直進するのは、長野駅1330発の川中島バス持ちの69号車。信号待ちで縦列に並ぶ2台のぐるりん号のうち、手前の長電バス持ちの68号車は駅1310発の便として一周して戻ってきた後、ターミナルへと回送するところ(少々遅いですがお昼の休憩でしょうか?)です。その後ろには駅1350発の便として出発した川バス持ちのもう1台、70号車がいます。


過去2回の時よりだいぶマシな撮り方ができたと思うのですが、いかがでしょうか??
ホントに偶然にタイミングが重なった時にしか記録ができないため、なかなか狙って撮ることもできませんが、引き続きチャンスがあったらまた撮ってみたいと思います(^^;


9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」で出会った古いバスの第2弾です。





元三重交通(三重県)の車両で、現在は特定非営利活動(NPO)法人の「日本バス文化保存振興委員会」が所有するボンネットバスです。
メーカーはいすゞ(車体は、川崎車体)、形式はBXD30といい、昨日紹介した「もくちゃん」より2年若い1966(昭和41)年の製造です。三重交通では社番3019を名乗っていました。
三重交通では現役引退後、定期観光バスなどとして活躍しましたが、2003年に日本バス友の会に譲渡され、現在に至るまで動態保存されています。
現在は、「土浦200は・254」というナンバーを付けていますが、三重交通での現役時代は「三22う・805」、いったん廃車された後に定期観光用として復活した際には「三22か15-52」というナンバーを付けていました。



▲ こちらも「もくちゃん」同様に、会場内を周回する試乗会が開かれ、大賑わいでした。



▲ 丸っこいお尻が可愛らしいです。物販コーナーにいる方たちが一斉に振り返ります(^^;



▲ レトロな運転台周りの様子。今のシステム化された機能的なデザインの運転台には程遠いデザインです。



▲ 運転台の左脇には、製造銘板や車体更新の履歴が分かるプレート・ステッカー等が貼られています。この中のいちばん右上に注目!です。なんと2009年にはDPF取り付け改造が施されています。


この車両、いすゞ製であることを示すエンブレム、銘板などが数多く取り付けられています。
現在は、その取り付けが省略される傾向にあるものですが、それぞれ個性的で興味深いです。
どこに取り付けられているものか、皆さんも探してみてください!









また、三重交通時代の標記類も、車体に残されて(あるいは復元されて)います。






こちらは現在の所有者の名称です。





▲ 下から見上げるようなアングルで。周りに居た誰かが、「ネコバスみたい」と言っていました。確かに通じるものがあるような…(^^;;;


ちなみにこのボンネットバスは、2006(平成18)年9月3日に長野市主催で開かれた、「これからの公共交通を考える市民シンポジウム」(会場:若里市民文化ホール)でも展示されましたので、長野市へやってくるのは2回目のことと思われます。


「温故知新」-故(ふる)きを温(たず)ねて新(あたら)しきを知(し)る-《「論語」為政から》過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと。
(goo辞書から引用)



今回の「信州バスまつり」に集まったバスを見て、ふと頭に浮かんだ言葉です。

さて、9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」を振り返る記事をお送りしておりますが、これまでは(比較的)新しいバスのことを取り上げたのに対して、今回の記事では逆に古いバスについて紹介したいと思います。

その第1弾としてお送りするのは…



▲ 会場内に展示された2台のボンネットバス。いずれも自走可能な車両で、構内を試乗できるイベント(有料)も開催され、大変な人気を博していました。


この2台のうち右側の銀色のバスが、長野県大町市にある大町エネルギー博物館が所有する薪バスの「もくちゃん」です。



▲ 燃料の薪を罐にくべているところです。勢いよく白煙が上がっています(^^;


「もくちゃん」は、1964(昭和39)年製のトヨタFC80改という形式の車両で、ボディは帝国車体が架装しています。
車体後ろに、1950(昭和25)年製の「田之尻式ガス発生炉3型」という罐を備えているのが特徴です。
大町エネルギー博物館開館の際にに寄贈されたこの罐は、バスとしての復元が考えられ、1990(平成2)年6月には車検を取得して公道を走れるようになりました。その後10年ほどは、博物館周辺を定期的に走る“動態保存”が行なわれていましたが、現在は諸般の事情によりこのようなイベントの時に動くのが専らだそうです。





この車両のエンジンは、130馬力の直列6気筒3878ccガソリンエンジンですが、薪ガスはガソリンの半分以下のカロリーのため、最高65馬力程度しかありません。平坦地でこそ時速80km程度は出せるそうですが、上り坂では乗客の“後押し”が必要なこともあるのだそうです。



▲ 大変人気のアトラクション(!?)だったようで、引切り無しに走り回っていました(^^;


戦中・戦後に物資やエネルギーが不足する中、石油に代わる代替燃料として薪を使って走るバスが実際にあったそうです。
現在も環境などへの配慮などから、石油に代わるエネルギー源を使用するバスが開発されていますが、現在代替エネルギー源として注目されているバイオマスの概念を取り入れた先進的な乗り物だったのかもしれません。



▲ 丸みのある優しい顔つきです(^^)



▲ 良く見ると、目鼻立ちが似ていませんか?




9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」を振り返る記事を引き続きお送りしております。
(どのくらい続くのだろう…?? 画像を編集して記事を書く“ずく”にもよりますが、あと一週間分くらいといったところでしょうか… あ、同じテーマで書くことに飽きたら、一時的に平常ダイヤに戻すかもしれません(^^;;;)

一昨日、昨日と、三菱ふそうの“エアロ~”シリーズを紹介しましたが、こちらのメーカーの車両も負けていません!
というわけで、今回は日野自動車のセレガシリーズを紹介したいと思います!!



▲ まずはこちら。伊那バスの高速バス用セレガ・21181号車です。各社がエアロエースを展示する中で、高速車は頑なに日野車の導入を続ける同社(過去にはいすゞのスーパークルーザーなどもいましたが。)は、セレガを展示していました。



▲ そして地元・川中島バスも伊那バスに合わせるかのように夜行仕様3列シートの日野セレガ・40814号車を展示。尤も、エアロエースの40886号車は大阪遠征中でしたし、仮に長野にいたとしても諏訪バスと被りますので、その辺りの配慮からの選択でしょうね。ちなみに40814号車はこの日の朝、大阪から帰ってきたばかりだそうで…お疲れさまです!


展示車両としての日野の高速・貸切バスはこの2台だけでした(あ、中御所…ではなくて、“大御所”は別に記事を作成予定です!)が、この他にも会場で活躍する日野車がいました。



▲ 昨日紹介した“善光寺ミニツアーバス”の運行を担当したのは、川中島バスと長電バスの2社です。長電バスは、エアロクイーンだけではなく新型セレガのSHDも使用するという豪華な陣容でした。写真は688号車です。



▲ こちらは川中島バスによる“善光寺ミニツアーバス”。川バスは、自社で持っている初期のセレガGJを使用していました。写真は42338号車です。



▲ 展示ではなく、イベントに使用された長電バスのセレガGJ・90号車。隣の川バスのGJ(社番不明…(^^;)とともに、バスガイドさんの司会によるビンゴゲーム大会が車内で行なわれていました。



▲ こちらは展示車両でもイベント用車両でもなかったのですが、Airport Express用の40411号車はこの日、松本空港までの運用には入らなかったようで、終日構内のいちばん隅っこでさりげなく自己主張していました(^^;
 (※ 敷地外周・工場棟のトイレ付近からの撮影です。)


さて、日野車の紹介はここまでです。
この他に、珍しい外国製のバスも展示されていました。個別のカテゴリーにするほどネタにできない…と思ったので、ここにコッソリ割り込ませておきます(^^;;;



▲ 韓国のヒュンダイというメーカーが製造するユニバースというバスです。日本向けなのか、しっかり右ハンドル仕様で作られています(^^; 高山村にある五七観光が所有する974号車が展示されていました。



▲ 同車のリアビューです。こうしてみると、同じアジアの国どうし、デザインに通じるものがあるような…(^^;



9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」を振り返る記事を何回かに分けてお送りしております。
(何回に分けるかは…今のところ未定です(^^; 書きたいことは山ほどあるので…(^^;;;)

昨日の記事では、高速バスの車両として展示された7台の三菱ふそう製“エアロエース”を紹介しましたが、“エアロ~”系のバスはそれだけに留まりません。まだまだいたので、それらの車両たちを今回紹介したいと思います。



(株)関電アメニックス(北アルプス交通)の“くろべ59”号車。高速車がエアロエースなのに対し、こちらはスーパーハイデッカーのエアロクイーンです。見上げるような背の高さが特徴です(^^)



▲ 車内後部は、サロンシート仕様になっています。最後列のいちばん右側が1席ないのは、ここに冷蔵庫が設置されているためです。



▲ 長電バスのセレガSHDと並んで。その隣には川中島バスのセレガGJも。とにかくみんなデカイです。



▲ 信南交通からは同じくエアロクイーンの731号車が来場。ただし、スタッフや資材を運んできただけなのか、展示車両にはならなかったのは残念! 終日高速バスの展示ブースにお尻を向けて止まっていました。



▲ 川バス本社の敷地外周伝いに裏門まで歩き、そこからお顔を拝見させていただきました(^^; 隣には長電バス唯一のエアロクイーンも並んでいました。



▲ その長電バスのエアロクイーンは…というと、展示車両ではありませんでしたが、500円ワンコインで善光寺まで連れて行ってくれるミニツアーバスに活躍していました。500円なら乗る価値十二分ですね!



▲ こちらは松本市の(有)エムラインからやってきたエアロエースの9mバージョン。エアロクイーンと比べると、随分小さく見えますが、なかなか侮れない車両です(^^; まずは塗装、地色のホワイトは、パール調の塗料を使っているそうで、ただのホワイトとは違った独特の輝きを持っています。車内にはサロンシートも装備、展示車両の中でもこの車両は数少ないエアコンが効いた車両で、冷たいお茶のサービスもありました(^^)(ごちそうさまでした。)



▲ 社長さんこだわりのトランクルーム。新しい車というのを差し引いても、キレイ過ぎます!! 床面にはカーペットが敷かれていて、大切なお客さまの荷物を汚すことのないように配慮されているのだそうです。壁面には断熱材もバッチリ! 夏は暖まりにくく、冬は冷えにくくなっているとか。



▲ こちらはガイドさんオススメの“お尻”から撮ったものです。ちなみに、“エムライン”の社名は社長さんのイニシャルを取って付けたものだそうです。私はてっきり“松本のエム”かと…(失礼m(__)m) 魅力のエム、満足のエム、そして皆さまのエムでもあるそうで(^^) 




9月11日(土)に開催された「信州バスまつり」
特にイベントのテーマは(表向きには)設けられていなかったようですが、会場に集結したバスを見て、“古い車両と新しい車両の共演”というものを感じることができました。
現役引退後も大事に大事に保存されているバスや、「わが社で最古参のバスです!」という車両がいる一方で、バス事業の最前線で働く高速バスの車両は、各社とも最新鋭の車両を揃えてきました。

高速バスの車両は、9台が展示された中でも三菱ふそう製の“エアロエース”を用意した会社が実に7社あり、まるでエアロエースの見本市かと思わせるような豪華な内容でした。
以下、展示された車両を順に紹介します。



▲ 長電バス1039号車。9月2日(木)から湯田中~大阪(なんば)線で運行を開始した3列シートの夜行仕様車の2台目。まだ営業運行に就く前の車両を展示してくれました。車内はゆったりしたシートが24席並んでいます。



▲ 千曲バス922号車。佐久~長野線では通常姿を見せない4列シート・トイレ付きの長距離仕様の車両です。



▲ おんたけ交通763号車。木曽福島~新宿線用の車両で、松本ナンバーの中でも最も新しい部類に入ると思われます。長野市内に同社の高速車が姿を見せるのは恐らく初めてのことでしょう。



▲ 諏訪バス30642号車。昨年に続き、2台目のエアロエースを導入した諏訪バス。展示に新しい方を持って来る一方で、偶然にもみすずハイウェイバスの諏訪バス担当便には初代の方(39641号車)が使用されていました。



▲ 信南交通654号車。みすずハイウェイバスとして長野にやってきた車両の折返しまでの間をイベントで展示したようで、ダイヤの都合から途中で展示車両が交替していたようです。



▲ 654号車の後を引き継いで展示された信南交通736号車。車両が変わっていたことは最後まで気がつきませんでした…orz(川中島バス本社正門から入ってくるところを撮影したものです。)



▲ 京王電鉄バス50904号車。川バス本社での折返し待ちの間の展示でした。



▲ この際だからと(!?)、名鉄バス2920号車も参戦! 折り返し時間の関係からか、展示中に水洗いが始まってしまいました(^^;


※ ちなみに、川中島バスのエアロエース・40886号車は大阪遠征中だったようです(^^;


9月10日(金)の記事にて触れたとおり、昨日(9月11日)は長野市小島田町の川中島バス(株)の本社において、長野県バス協会主催の「信州が開催されました。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


まず冒頭に、このイベントの運営に携わられた各事業者の皆さま、準備から当日の運営までさぞ大変だっただろうと推察いたします。昨日は天気にも恵まれ(おかげでもの凄い日焼けをしました(^^;)、素晴らしいイベントを提供してくださったことを感謝しております。
この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございますm(_ _)m


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


私も朝から会場へ出かけ、一日堪能してきましたので、その一部を紹介したいと思います。
なお、個々の展示等の内容につきましては、まだ撮影した画像の整理が全然できていないため、また後日に少しずつ紹介できればと思います。


取り敢えず会場全体の雰囲気でも。


▲ 川中島バス本社社屋に掲げられた「信州の横断幕。その前で待つのは長電バスのセレガSHDと、ブルーリボンシティハイブリッドノンステップバス。広い敷地内を、各社の車両が入り乱れて動き回り、「此処は何処だ?」という状態でした(^^;;;



▲ こちらは展示車両のブース。普段は川中島バスの車両を駐車しておくスペースが端から端まで各社の展示車両で埋め尽くされました。その姿は壮観そのもの(@_@; 向かって左側は“運転手さんになろう(子供向けの運転席着席体験コーナー)”、“BDF使用車両の展示”…などで、右側は各社の高速バス車両が並べられています。



▲ こちらは展示車両のブースを反対側(工場側)から眺めたところ。“バスまつり”ならぬ“エアロエースまつり”になっています(^^;;; 手前から名鉄、京王、信南、諏訪、おんたけ、千曲、長電と実に7台ものエアロエースが並びました。その奥にはさらに、伊那と川中島のセレガも居ます。



今回はこの辺で。


8月22日から5回にわたって五月雨式にお送りしてきました、川中島バスの“老兵健在ナリ!”シリーズですが、その中で紹介した車両の一部のラッピング車時代の画像を発掘しましたので(^^;、改めて補足記事としてお届けいたします。


まずはこちら。
40051号車の紹介記事中に、“2003年の善光寺御開帳の際はごく僅かな期間ですが、40050号車とともに、ゴールデンウィーク中に開催された「インフィオラータインNAGANO」のフルラッピングバスにもなっていました”と記載しましたが、それぞれの車両のラッピング車時代の画像です。
いずれもネガからプリントしたもののみで、データ化したものがなかったのですが、携帯のカメラ機能で強引に再撮影し、それをトリミングしたものです(^^;;; 精細さは全くありませんが、雰囲気だけでもお伝えできれば幸いです。



▲ 40050号車は大手コンビニがスポンサーで、方向幕周り及び屋根上が青色になっていました。



▲ 40051号車は大手お菓子メーカーがスポンサーで、方向幕周り及び屋根上が桃色になっていました。いずれも2003年4月撮影。


2台とも、善光寺御開帳期間前後のみという超短期間のラッピングだったのですが、人通りの多い中央通りを[6]系統・善光寺線(当時)として行き来していたため、人目を引くにはバツグンだったものと思われます。
2台の方向幕の表示が、同じ6系統ながら「[6]長野駅-善光寺大門」「[6]長野駅-善光寺」と異なっています(数字などの書体も異なっています。)が、これは40051号車が本社受持ち系統用の車両だったため、元々善光寺線の方向幕を持っていたのに対し、40050号車は善光寺線の幕がない南営業所受持ち系統用の車両だったため、この御開帳に合わせて善光寺線の幕を加刷したことにより生じた差異です。


次はこちら。
40093号車の紹介記事中に、“2003年夏頃には、40027号車などとともに4台がお揃いのラッピングに包まれていました/広告主はグループ会社の広告会社(アルピコエージェンシー)と自動車工場(アルピコ自工)で、広告の中に描かれた車検を受けている車が4台とも異なるデザインというバリエーションがありました”と記載しましたが、そのラッピング車時代の画像です。



▲ 40093号車唯一と思われるラッピング車時代。グループ会社の広告を身に纏っていました。よく見ると、ラッピングが貼られていない部分にも拘らず、側面の社番が貼られていません。



▲ 車検を受けている自動車のカラーによって、4種類のバリエーションがあったように記憶しています。



< 2010年09>
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