2014/01/26
【頸南バス】 アルピコ交通の路線を引き継いだ元アルピコ交通車(その1)
正月の国鉄特急形電車撮影のついでに立ち寄った、信越本線妙高高原駅。
この駅には、赤倉線(妙高高原駅~野天風呂前)と杉野沢線(妙高高原駅~杉野沢上)という2つの路線バスが発着していますが、この路線は元々アルピコ交通(川中島バス)妙高営業所が担当していた路線でした。
アルピコ交通妙高営業所は2012(平成24)年9月末をもって廃止され、同営業所が担当していた路線は新潟県妙高市に本社を置き、同市内及び周辺地域の路線バスを運行する頸南バス(けいなんバス)が引き継ぐことになりましたが、この路線を運行するために必要な車両を何と、アルピコ交通(松本電鉄バス)からの譲受車で賄ったのです。
アルピコ交通妙高営業所の跡地がそのまま頸南バスの車庫(営業所ではなく、飽くまでも車庫という扱いのようです。)になり、妙高高原駅発着路線用の車両の塒となりました。アルピコ交通から頸南バスに移籍した車両は全部で3台(※)いるそうなのですが、訪れた日はそのうちの1台と出会うことができました。
(※) 新井の本社にもう1台、諏訪バスから移籍した元神戸市交通局のいすゞキュービック(30162号車)がいるようですが…
▲ 頸南バス664号車(長岡200か・664)。いすゞ(富士重工) U-LV318L 1991(平成3)年式 元アルピコ交通(松本電鉄バス)10150号車。
(頸南バスへの移籍は妙高営業所の移管から半年ほど早い2012年4月頃には行なわれていたようですが、)アルピコ交通の廃車のタイミングと頸南バスの車両調達のタイミング、そして車両の状態が上手くマッチしたのでしょうか、意外にも経年車が元アルピコ交通の路線を任されることになっています。
松本電鉄バスに導入された1991年当時は新島々営業所に配属され、上高地・乗鞍方面の路線で活躍していました。その後新島々営業所への低公害車両・日野HIMRの大量配備により早々に山を下り、松本市内や白馬・大町営業所管内へ、更には塩尻営業所管内のスクールバスを担当したりして約20年を過ごしました。新製当時は新しい車体とはミスマッチの非冷房車でしたが、松本市内等への転用を機に冷房装置の取付改造が行なわれています。
▲ リアガラス越しに見える、上高地輸送時代の名残の鉄格子(^^; 登山客の大きな荷物からガラスを護るために取り付けられていました。またガラスの隅に貼られた「150」のステッカー、これが松電時代の社番を特定するきっかけになりました。
(転属から1年余りの間はフロントガラス越しにももう少し大きな「150」の表示が残っていたのですが、いつの間にか消えてしまいました。)
▲ 松本電鉄バス時代に後付けされた側面方向幕は、幕が抜かれた状態になっています。
★ ☆ ★ ☆ ★
10150号車のアルピコ交通時代の姿は、当ブログでも2010(平成22)年9月24日から3日間にわたって掲載した「会田線乗車記」でも画像をご覧いただくことができます。
▲ 篠ノ井線明科駅前に停車中の10150号車。
この駅には、赤倉線(妙高高原駅~野天風呂前)と杉野沢線(妙高高原駅~杉野沢上)という2つの路線バスが発着していますが、この路線は元々アルピコ交通(川中島バス)妙高営業所が担当していた路線でした。
アルピコ交通妙高営業所は2012(平成24)年9月末をもって廃止され、同営業所が担当していた路線は新潟県妙高市に本社を置き、同市内及び周辺地域の路線バスを運行する頸南バス(けいなんバス)が引き継ぐことになりましたが、この路線を運行するために必要な車両を何と、アルピコ交通(松本電鉄バス)からの譲受車で賄ったのです。
アルピコ交通妙高営業所の跡地がそのまま頸南バスの車庫(営業所ではなく、飽くまでも車庫という扱いのようです。)になり、妙高高原駅発着路線用の車両の塒となりました。アルピコ交通から頸南バスに移籍した車両は全部で3台(※)いるそうなのですが、訪れた日はそのうちの1台と出会うことができました。
(※) 新井の本社にもう1台、諏訪バスから移籍した元神戸市交通局のいすゞキュービック(30162号車)がいるようですが…
▲ 頸南バス664号車(長岡200か・664)。いすゞ(富士重工) U-LV318L 1991(平成3)年式 元アルピコ交通(松本電鉄バス)10150号車。
(頸南バスへの移籍は妙高営業所の移管から半年ほど早い2012年4月頃には行なわれていたようですが、)アルピコ交通の廃車のタイミングと頸南バスの車両調達のタイミング、そして車両の状態が上手くマッチしたのでしょうか、意外にも経年車が元アルピコ交通の路線を任されることになっています。
松本電鉄バスに導入された1991年当時は新島々営業所に配属され、上高地・乗鞍方面の路線で活躍していました。その後新島々営業所への低公害車両・日野HIMRの大量配備により早々に山を下り、松本市内や白馬・大町営業所管内へ、更には塩尻営業所管内のスクールバスを担当したりして約20年を過ごしました。新製当時は新しい車体とはミスマッチの非冷房車でしたが、松本市内等への転用を機に冷房装置の取付改造が行なわれています。
▲ リアガラス越しに見える、上高地輸送時代の名残の鉄格子(^^; 登山客の大きな荷物からガラスを護るために取り付けられていました。またガラスの隅に貼られた「150」のステッカー、これが松電時代の社番を特定するきっかけになりました。
(転属から1年余りの間はフロントガラス越しにももう少し大きな「150」の表示が残っていたのですが、いつの間にか消えてしまいました。)
▲ 松本電鉄バス時代に後付けされた側面方向幕は、幕が抜かれた状態になっています。
★ ☆ ★ ☆ ★
10150号車のアルピコ交通時代の姿は、当ブログでも2010(平成22)年9月24日から3日間にわたって掲載した「会田線乗車記」でも画像をご覧いただくことができます。
▲ 篠ノ井線明科駅前に停車中の10150号車。