2010/07/12
【JR信越線】 普通列車「妙高」号に乗って…
6月下旬に、所用で出かけることになり、長野から普通列車「妙高」号に乗りました。
この「妙高」号は、1997(平成9)年10月の長野行新幹線(^^;開業に合わせて信越本線の長野~直江津間に誕生した快速(一部普通)「信越リレー妙高」号の流れを汲み、新幹線連絡列車として(…の位置づけが今でもあるのかは不明ですが(^^;)現在では5往復が運転されています。
使用されている車両は、新幹線開業前まで長野(一部直江津、妙高高原)と上野を結んでいた在来線特急「あさま」号に使用されていた189系で、モノクラス6両編成に組替えて使用されています。
なお、「妙高」号は普通列車ながら6両編成中に1両だけ指定席車があるため、マルスでの指定券発券用に列車名と号数が付けられています。
(朝の直江津発長野行きの2号のみ、快速列車として運転。)
私が乗車したのは、長野発15時16分の「妙高7号」です。
▲ 長野駅5番線ホームで発車を待つ「妙高7号」。旧「あさま」カラーのままの189系6両編成で、ヘッドマークは「妙高号」と、“号”まで入った珍しい書き方をしています。
▲ 乗務員扉の脇(運転席の下)にうっすらと浮かんで見える「■ASAMA■」のロゴ。
▲ 現役時代はこんな感じのロゴでした。(この画像の車両は489系です。1997年春頃? 軽井沢にて)
車両は、長野総合車両センター所属のN103編成で、1997年9月まではN109編成として特急「あさま」などに使われていた車両です。両端の先頭車は、国鉄時代の特急短編成化に伴って誕生した、485系の付随車を改造したクハ188型で、連結面寄りの乗降扉にステップが付いている点や、全体的に189系より高い位置にある側窓、通風機の形状などに相違があります。
▲ 特急「あさま」号として使用されていた頃の姿です。碓氷峠の急勾配へ挑むため、横川からEF63型電気機関車を後ろに2両連結しています。先頭はクハ188-102で、この頃はN109編成と呼ばれていました。その後、中間のグリーン車とMM'ユニットを1組抜いて6両編成化されたものが、現在のN103編成です。クハ188型は、後付けの側面方向幕の位置も特徴的です。(1997年5月頃? 横川~軽井沢間にて)
「妙高7号」は普通列車ですので、長野~直江津間の全ての駅に停車しながらゆっくりと直江津を目指します。
長野発車時点では各車両とも20人ずつくらいの乗車(指定席車両はほとんどゼロ(^^;)でしたが、新井や脇野田などでは学校帰りの高校生たちが大勢乗ってきました。こうなると、新幹線連絡列車というよりは、通学列車の方が色合いが強い気がします(^^;;;
長野を出てから約1時間40分、16時54分に直江津駅に到着です。
▲ 直江津駅に到着した「妙高9号」。北越急行ほくほく線のワンマンカーと顔合わせ。
この後、延べ4日間、移動距離2,000キロ以上に及ぶ大旅行(飽くまでも"所用"ですが(^^;)をしてきました。
それらの様子は、また追々…(^^;
この「妙高」号は、1997(平成9)年10月の長野行新幹線(^^;開業に合わせて信越本線の長野~直江津間に誕生した快速(一部普通)「信越リレー妙高」号の流れを汲み、新幹線連絡列車として(…の位置づけが今でもあるのかは不明ですが(^^;)現在では5往復が運転されています。
使用されている車両は、新幹線開業前まで長野(一部直江津、妙高高原)と上野を結んでいた在来線特急「あさま」号に使用されていた189系で、モノクラス6両編成に組替えて使用されています。
なお、「妙高」号は普通列車ながら6両編成中に1両だけ指定席車があるため、マルスでの指定券発券用に列車名と号数が付けられています。
(朝の直江津発長野行きの2号のみ、快速列車として運転。)
私が乗車したのは、長野発15時16分の「妙高7号」です。
▲ 長野駅5番線ホームで発車を待つ「妙高7号」。旧「あさま」カラーのままの189系6両編成で、ヘッドマークは「妙高号」と、“号”まで入った珍しい書き方をしています。
▲ 乗務員扉の脇(運転席の下)にうっすらと浮かんで見える「■ASAMA■」のロゴ。
▲ 現役時代はこんな感じのロゴでした。(この画像の車両は489系です。1997年春頃? 軽井沢にて)
車両は、長野総合車両センター所属のN103編成で、1997年9月まではN109編成として特急「あさま」などに使われていた車両です。両端の先頭車は、国鉄時代の特急短編成化に伴って誕生した、485系の付随車を改造したクハ188型で、連結面寄りの乗降扉にステップが付いている点や、全体的に189系より高い位置にある側窓、通風機の形状などに相違があります。
▲ 特急「あさま」号として使用されていた頃の姿です。碓氷峠の急勾配へ挑むため、横川からEF63型電気機関車を後ろに2両連結しています。先頭はクハ188-102で、この頃はN109編成と呼ばれていました。その後、中間のグリーン車とMM'ユニットを1組抜いて6両編成化されたものが、現在のN103編成です。クハ188型は、後付けの側面方向幕の位置も特徴的です。(1997年5月頃? 横川~軽井沢間にて)
「妙高7号」は普通列車ですので、長野~直江津間の全ての駅に停車しながらゆっくりと直江津を目指します。
長野発車時点では各車両とも20人ずつくらいの乗車(指定席車両はほとんどゼロ(^^;)でしたが、新井や脇野田などでは学校帰りの高校生たちが大勢乗ってきました。こうなると、新幹線連絡列車というよりは、通学列車の方が色合いが強い気がします(^^;;;
長野を出てから約1時間40分、16時54分に直江津駅に到着です。
▲ 直江津駅に到着した「妙高9号」。北越急行ほくほく線のワンマンカーと顔合わせ。
この後、延べ4日間、移動距離2,000キロ以上に及ぶ大旅行(飽くまでも"所用"ですが(^^;)をしてきました。
それらの様子は、また追々…(^^;